| 1948・S23 | ●3月3日、茅ヶ崎市中海岸に生まれる。(母はSKD2期生・叔父は俳優杉山昌三九) |
| 1954・S29 | ●杉並区立杉並第4小学校入学。 |
| 1957・S32 | ●茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校転入。 |
| 1959・S34 | ●劇団ひまわり入団。 旺文社の専属モデル・初代チキンラーメンのテレビコマーシャルなどで活躍。 |
| 1960・S35 | ●茅ヶ崎市立第一中学校入学。 |
| 1961・S36 | ●署名運動の末、一中に演劇部を創設。 |
| 1963・S38 | ●茅ヶ崎市立第一中学校卒業。 |
| 1963・S38 | ●神奈川県立横浜翠嵐高等学校入学 演劇部部長・放送部ディレクター・生徒会副会長。 |
| 1966・S41 | ●神奈川県立横浜翠嵐高等学校卒業。 俳優座小劇場舞台美術制作部に所属・スタジオ美術にたずさわる。 |
| 1967・S42 |
●教科書を持ち込まない独自の学習塾「 岩本塾」開設(小学生〜大学生を教える)。 |
| 1971・S46 |
●獨協大学経済学部経済学科卒業。 |
| 1972・S47 |
●松竹大船撮影所にて映画美術に携わる。 |
| 1973・S48 | ●岩本一夫デザイン事務所設立。現在に至る。 |
| 1974・S49 | ●映画観賞会「茅ヶ崎シネマ」設立。毎月名画を観るの会を開催。 |
| 1975・S50 |
●市議会に立候補(落選)・最年少候補(27才) ボランティア団体「同志会」設立、フェスティバルイン茅ヶ崎等で活動。 手話サークル「河童」設立。 共恵に「みどり子供会」設立、初代会長。 |
| 1976・S51 |
●茅ヶ崎青年経営者会議に入会 自然に親しむ会「ラブ・ネイチャークラブ」発会。 茅ヶ崎市肢体不自由児を励ます会に入会(S54〜平成元年迄副会長)。 浜降祭記録映画“みこし”企画制作。 |
| 1977・S52 |
●タウン誌「ひだりふじ」創刊。 58年月刊紙ハーフ・ムーンとなる。 県青年の船で中国視察。 共恵に少年野球チーム「グリーンファイターズ」設立。初代代表。 茅ヶ崎市文化団体協議会事務局に参画。 |
| 1978・S53 | ●神奈川県特別機動事業団に参画、巡視長として地域交通安全活動を実施。 |
| 1979・S54 |
●茅ヶ崎市議会議員に当選<初当選> 浜竹のスーパーたまやで「茅ヶ崎の夏と子供達」を提案、実施。 南口中央商店街に、青年部「四葉会」設立、会長に就任。 |
| 1981・S56 |
●茅ヶ崎市文化団体協議会事務局長に就任。 手話落語を楽しむ会を企画。 カンボジア難民実録映画会に参画。 |
| 1982・S57 | ●第1回マリンフェスティバル実施、以後実行委員長として計7回開催。 |
| 1983・S58 |
●茅ヶ崎市議会議員に当選<当選2回> 議会内に新会派「市政同友会」創設、初代会長。 市立病院運営協議会会長として「市立病院改築に反対し、新築」を答申。 |
| 1984・S59 | ●茅ヶ崎海洋少年団創設、団長に就任。 |
| 1985・S60 | ●茅ヶ崎市農業委員会委員に就任。 |
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1986・S61
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●茅ヶ崎市民文化会館自主文化事業協会理事に就任。 茅ヶ崎海岸海底クリーン作戦実施(実行委員長)。 湘南文化を語る会“遊MORE会”設立・年に2度の文化催事を実施。 茅ヶ崎青年経営者会議副理事長、茅ヶ崎商工会議所青年部幹事に就任。 |
| 1987・S62 |
●茅ヶ崎市議会議員に当選<当選3回> 市政40周年文団協事業・総合ディレクター。 茅ヶ崎マリンスポーツ連盟設立(会長) |
| 1988・S63 |
●シャンソンの集い「潮風のパリ祭」企画(出演…大木康子他)。 議会代表として、井出明治議員と共に中国を視察。 第4回湘南マリンフェスティバルを開催・USAプロビーチバレーチームを、日本で 初めて招聘。 ジャズコンサート「サンタスチックドリーム」企画。 (原信夫とシャープ&フラッツ、アンリ菅野、松本英彦)。 |
| 1989・H元 |
●古典舞踊「茅ヶ崎の舞踊家たち…茅の舞・其の1」企画。 オーストラリア、ワイオン市との交流団「湘南オーシャンクラブ」と「日豪友好茅ヶ崎 有志議員団」を結成・同市を表敬訪問。 |
| 1990・H2 |
●サーフ90’茅ヶ崎実行委員会(企画・制作委員)に参画、市民手作りのイベントを提案、 「岩本企画案」が実施される。 |
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1991・H3 |
●茅ヶ崎市議会議員に当選<当選4回> 電子計算組織運営委員会会長に就任。茅ヶ崎駅周辺整備特別委員会委員。 常陸宮両殿下をお迎えし、「日本海洋少年団全国大会」を茅ヶ崎にて開催。 (全国から2600名の海の子が集まった)。 シャンソンの集い2「ふり返れば愛そしてシャンソン」企画。(大木康子・深江ゆか他)
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| 1992・H4 |
●サンバチーム“エスコラージサンバサウージ”に参画。 <浅草サンバカーニバルで連続準優勝>。 大岡祭にて歌謡フェスティバル実施(舞台監督)。 古典舞踊「茅ヶ崎の舞踊家たち…茅の舞2」企画。茅ヶ崎邦舞会設立、顧問に就任。 |
| 1993・H5 |
●茅ヶ崎市民文化会館運営審議会委員に就任。 茅ヶ崎駅北口周辺地区街づくり懇話会委員に就任。 市民劇団“湘南座”設立、座長に就任、現在に至る。 モンシェリーPART2として、音楽とピザの店「サマータイム」をオープン。 音楽グループ「ボーカルステーションオブチガサキ」設立に伴い、理事に就任。 |
| 1994・H6 |
●茅ヶ崎市文化懇話会委員に就任。 国際友好団体「APEX」日本支部に理事として参画、ニュージーランドからのホーム ステイ受け入れ等を行う。 神奈川県より地方自治功労章を授与される。 写真クラブ「タイムスリッパーズ」設立。 ブラジル音楽・湘南セレイア設立。(2000年より、浅草サンバカーニバルに出場) 湘南座「夕 鶴」初公演。 |
| 1995・H7 |
●茅ヶ崎市議会議員に当選<当選5回> 茅ヶ崎市文化団体協議会理事長に就任。 |
| 1996・H8 |
●茅ヶ崎市長表彰受賞(文化功労)。 茅ヶ崎市文化トータルプラン策定委員に就任(コンサルタントの排除を実現)。 手話勉強会「アウト」設立、毎月2回の手話勉強会を開催。 |
| 1997・H9 |
●茅ヶ崎市文化振興財団評議員に就任。 市政50周年記念・文団協事業「波」を企画、舞台監督。 |
| 1998・H10 |
●市政50周年鉄砲道パレード・芹沢鍋まつり等を企画、実施。 北口エメロード商店会「放置自転車対策委員長」として「放置自転車ゼロの日」を実現。 湘南祭に初参加。(以後、毎年参加) |
| 1999・H11 |
●茅ヶ崎市議会議員に当選<当選6回> 月刊茅ヶ崎創刊(後に湘南新聞)。 文化交流団体・P999(パワースリーナイン)設立。 |
| 2000・H12 |
●茅ヶ崎マリンスポーツ連盟会長に就任(再任)。 湘南座児童部「ぶす」初公演。「夕鶴」は、日本始めての声優付き手話劇で公演。 青安連主催「放置車輌問題」について、茅ヶ崎警察署にて講演。 「湘南セレイア」浅草サンバカーニバルで3位入賞。 |
| 2001・H13 | ●議員8名で、湘南市を考える「合併問題フォーラム」を開催。議会内に合併研究会発足。 |
| 2002・H14 |
●岩本一夫の詩、写真、イラストの個展「詩的な美称」開催。 文化祭写真展に出品、入選。 湘南座児童部、岩本一夫作」「ロミオ&ジュリエット公演。「夕鶴」第7回公演。 湘南ちがさき新聞創刊(後のみらい会議) |
| 2003・H15 |
●「湘南セレイア」を率い、大島「椿祭り」に参加。大島との文化交流のきっかけを作る。 神奈川県議会議員に当選 「かながわ未来会議」創設、研修会を開催。 機関紙「みらい会議」創刊。 環境農政常任委員会に所属、民主・刷新の会/環境農政部会長。 環境総合保全対策特別委員会副委員長に就任。 98条検査特別委員会委員に抜てきされる。 茅ヶ崎市文化団体協議会会長に就任。 茅ヶ崎市文化振興財団理事に就任。 湘南座、岩本一夫演出「夕鶴8」を公演。 |
| 2004・H16 |
●県議会文教常任委員会に所属。 民主党かながわクラブ・文教部会長。 民主党かながわクラブ・政務調査会/副会長。 ライン川の水質浄化作戦の視察を提案、ライン川水環境視察団結成/事務局長。 塩田厚ジャズコンサート開催。 小野ひとみジャズコンサート開催。 湘南座、茅ヶ崎市民文化祭にて、岩本一夫作・演出「祭のあと」を公演。 藤井裕久氏講演会「どうする明日の日本」開催。 キナ昌吉氏を招いて、岩本一夫政治活動25周年記念「飛躍の生誕祭」開催。 |
| 2005・H17 |
●県議会商工労働常任委員会に所属。 平成17年度予算特別委員会に所属。 中国(上海・南京・蘇州・大連)視察。 中国語講座開設。 政策学習会「木曜会」開設。 県議会に勉強会「かながわ研究会」創設、代表に就任。 海づくり大会の一環として、漁港の海底清掃を実施。 日本写真会、市文化写真展に入選。 湘南座、岩本一夫演出「夕鶴9」を公演。 平成17年度決算特別委員会に所属。 |
| 2006・H18 |
●湘南座、杉山昌三九主演「無声映画の会」を主催。 タウン誌「ひだりふじ」発刊。 湘南座創立15周年記念公演「祭りのあと」公演。 大木康子コンサート開催。 |